技術ファイル|映像収録(撮影)編

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デジタル一眼、超広角レンズにおける動画撮影の有効性は!?

視野
人間の視野(図1)
山岡俊樹/編『ハード・ソフトデザインの人間工学講義』武蔵野美術大学出版局

スチルカメラの流れを汲む一眼ムービーや大判センサーカメラには、その特性を利用した超広角域での映像表現がある。マイクロフォーサーズ規格にも、135判換算14mm(LUMIX G VARIO 7-14mm/F4.0 ASPH.)域のレンズがある。しかし極めて特異的なレンズであるが故、ムービー用途では限定的な使用を余儀なくされる。主な原因は「水平画角104.3度・対角線画角114.2度」という強調され過ぎるパースペクティブにある。人間の概ねの視野(図1)をレンズで例えると、28mm(水平画角65度)前後、遠近感は80mm〜90mm前後。人間の眼に近似するのは、28mm前後の視野角で80mm〜90mm前後の遠近感を持つレンズということになる。この条件を満たせるのは大判(4×5)カメラしかない。大判カメラが建築分野で重宝される所以はここにある。この数値からもマイクロフォーサーズ規格7mmレンズが、いかに人間の眼から掛け離れた存在なのか理解できる。

(図1)の人間の視野に関する補足説明
1.【弁別視野】
視力や色弁別に優れ、高精度な情報受容が可能な範囲。
2.【有効視野】
眼球運動だけで情報注視し、瞬時に特定情報を受容できる範囲。
3.【注視安定視野】
頭部運動が眼球運動を補助する状態で発生し、無理なく注視が可能な範囲。
4.【誘導視野】
情報の存在を判定できる程度の範囲。
5.【補助視野】
判定は困難だが存在は認識し、強い刺激に対して注視動作を誘発させる補助的な範囲。

個人差はあるが、28mmの広角レンズは1〜4、50mmの標準レンズ(水平画角40度)は1〜3をカバーする。

ウォーカー・エバンス
Walker Evans(1903-1975)
『brooklyn bridge(1929)』横浜美術館

静態を捉えるスチルであれば、この特性を利用したテクニックはある。最たる模範はウォーカー・エバンスの『ブルックリン ブリッジ』だろう。これ以降、超広角レンズでの撮影は「手前を強調して水平線を左下に逃がせ」が一つのスタイルになった。しかし、なぜ右ではなく左に傾けているのか。なぜ縦長にトリミングされているのか、この二点に疑問が生じないだろうか。実はこれには明確な意図がある。水平線を左下に逃がせば必然的に左側が強調される。通常、人間の眼球運動の始点は左上からであり、コントラストの異なる部分を優先的に注視しようとする習性がある。縦長のトリミングは、これらを効果的に助長させる。即ち、この作品の構図は“非の打ち所のない”秀逸の極みなのだ。

Bill Brandt
Bill Brandt(1904-1983)
『London(1952)』東京富士美術館

Bill Brandt
画像引用(LUMIX G VARIO 7-14mm 公式サンプル画像)
http://panasonic.jp/dc/lens/lumix_g_vario_7-14.html

理論上、このような表現が形式化されるのは、致し方ないとも考えられる。上のモデル2名のポートレートも手法的には同様である。歪みの少ない中央付近に人物の顔を配置し、背景や四隅に“不自然に強調されるもの”を配置しない。この場合、やや引き気味で水平線を左下に逃がし、右斜め下から撮影している。これによって、空、砂浜、水平線、モデル二名の脚が効果的に強調され、レンズ特性のマイナスがプラスに転化されている。

ゴッホ・アルルの寝室
Vincent van Gogh『The Bedroom(1888)』ファン・ゴッホ美術館
後期印象派の画家ゴッホは、超広角域を油彩『邦題(アルルの寝室)』で、このように描いた。
色彩表現のみならず、遠近法の研究にも強い関心があったことが伺える。

しかし、時間の経過と共にパースペクティブが変動するムービー撮影では完全に裏目にでてしまう状況がある。特に室内でのパンニングは周辺が激しくうねり、とてもではないが鑑賞に耐えられるシロモノではない。大型センサー搭載機の中でも撮像素子の小さいマイクロフォーサーズでは、パンニングは28mmからが実用域だろう。 現実的には、この28mmを基準に、ゆっくりとパンニングするか、スライダーショットで表現するというのが一般的だ。

もう一つ、ロケでの広角対策の例に、28mm前後の広角レンズと魚眼レンズを併用する方法がある。勿論、魚眼効果によって極度にデフォルメされるが、意外に“激しいウネリ”が、幾分か柔らかく感じる。“毒を以て毒を制す”ということだろうか。ワイコンの樽型収差(ディストーション)が酷いと魚眼のような表現になるが、個人的には不快になるほど気にならない。

※レンズの焦点距離は135判(35mm)換算値にて記載。
2011年9月某日

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